海外活動拠点―北米

マップをワンクリックでマウスホイール等での拡大・縮小、ポインターの情報表示が可能になります

北米開教区の沿革

主としてアメリカ本土、北米開教区にて伝道活動を担っている「米国仏教団」が誕生したのは1899年、一人の青年の発願がきかっけとなっている。現在では59か寺(5別院を含む)、開教使約45名、護持会員約1万4千名にまで成長を遂げている。開教使育成や教育機関としての「米国仏教大学院」、また現代社会に対応する伝道方法の構築を目的として設置された「浄土真宗センター」を運営する。

浄土真宗センター

浄土真宗センター

北米教団本部

北米教団本部

アメリカ本土に拠点を置く「米国仏教団」が正式に伝道活動を開始したのは1899(明治32)年のことである。当時、在米の日本人は既に2万人を数えていた。その中において、今日まで続く国際伝道という大きな趨勢を生み出す発端となったのは一人の青年、平野仁三郎氏であった。訪日の際に本願寺を訪れ、野外布教を行っていた講師に「是非アメリカの地にも仏教を伝えて欲しい」と懇請したことに始まる。この要請に応え、翌年、本願寺は本田惠隆、宮本惠順の両師を派遣し、現地の宗教事情調査にあたらせた。これを機縁として「サンフランシスコ仏教青年会」が組織された。

 

同仏教青年会は1906(明治39)年に「サンフランシスコ仏教会」と改称し、北米開教本部の役割を担うこととなる。その後、1914(大正3)年に初の教団総会が開催され、教団名を「北米仏教教団」(Buddhist Mission of North America)とすることが決定された。

 

当時、西海岸を中心として25の仏教会が存在しており、各地にも教線が広がりをみせていたが、1941(昭和16)年12月8日、太平洋戦争勃発のため、在米の日本人およびアメリカ国籍をもつ日系人は敵性外国人として収容所生活を強いられることとなる。戦時中、北米仏教教団はユタ州トパーズ収容所に本部を置き、その活動を存続させていた。1944(昭和19)年の総会において、名称を「米国仏教団」(Buddhist Churches of America)と変更した。

 

その後、開教本部が再びサンフランシスコに戻ることが出来たのは、1954(昭和29)年8月、第二次世界大戦が終結してより9年も後のことであった。終戦後、活動を再開した教団の最初の事業の一つが、現地での開教使の養成機関の設立である。1948(昭和23)年に「米国仏教大学院」の前身となる仏教研究所をバークレーに設立。1966(昭和41)年には正式に「米国仏教大学院」(Institute of Buddhist Studies)として活動を開始している。

 

さらには伝道振興の基盤となる教育研修システムの確立が不可欠であるとの認識より、浄土真宗本願寺派、龍谷大学からの建設資金の提供を受け「浄土真宗センター」の設立を計画。2003(平成15)年バークレー市に土地を購入し、2005(平成17)年より建設に着工。2006(平成18)年7月にセンターが完成。「アメリカのメジャーな宗教・浄土真宗」を目指して活発な伝道教化活動を行っている。

最初の出張所

初期の開教拠点

海外活動拠点マップ

海外活動拠点マップ
TOP